明るい勇者計画

楽しい人生を送りましょう!

さらば、男のミニマリスト

極端に何も持たないミニマリスト達を見ていたら、結局死んだらすべてを手放すことになるのに、そこまで躍起になって生きてるうちに捨てなきゃならんのか…みたいな気持ちになります。

 

でも、そんな愛着や執着を持たない超感覚のミニマリストの世界の中でも、男性陣は何故かオチンチンまでは捨ててなかったりします。

一番大事なモノを捨ててこそ、真のミニマリストだろッ!と私は思います。

『それって、まだ使うんですか?この一年使ってないなら、処分した方がよくないですか?』みたいな質問をしたい。おそらく、『まだこの先使うかも…』と反論してきたところに、『いつか使うは、二度ときません』とはっきり断言して差し上げたい。

 

女性にはわからんかもしれませんが、オチンチンは意外と邪魔だったりします。

しかも、日常生活で『いやぁ、今日はオチンチンがあって助かったわ』みたいなこともほとんどありません。

歳を重ねれば重ねるほど、オチンチンいらんなぁ…みたいな気持ちが強くなります。

蒸れて痒くなったりしたら、ほんと最悪な気分になります。

でも、私には長年連れ添ったオチンチンへの愛着や執着があるので捨てることができません。

私は凡夫なのです。

そんな私は男性ミニマリストが何の愛着や執着もなくシンプルな生活を送っている自慢を目にする度に、俺と同様にオチンチンも捨てられないくせに偉そうに、何がミニマリストじゃ!などと思ってしまいます。

 

皆さんも一度男性のミニマリストの有難いお話を聞いた後に、『でも、この人、偉そうなこと言ってるけどオチンチン捨ててないんだよね』みたいなことを考えてみてください。

意外と大したことを言ってないことに気がつくと思います。

ぶっちゃけ、モノを持たない暮らしって大したことではないんですけどね。

貧乏人をカッコよくいうとミニマリストなんかな…と最近は思っています。

人はひとりでは生きられない

自分のために何か行動を起こすのは、すごいエネルギーが必要です。

なぜなら、人は現状を甘んじて受けやすいからです。

カッコよくいうと『足るを知る』、悪くいうと『面倒くさい』。

危機が迫ってもいないのに、動くということはエネルギーを必要とし、しかもリスクまで負わなければならないわけですから、本能的にはじっとしていた方がいいと思うのも仕方ありません。

一方、困っている人がいたら、自分のことはさておき、そのままでは放って置けずに、思わず動いてしまう一面もあります。

わかりやすくいうと、自分が疲れている時に電車やバスの席を譲ってください!というのは抵抗があっても、お年寄りや妊婦さんには『どうぞ』と席を空けることができるみたいな感じです。

 

おそらくこれは人の生存戦略の最適解は『補完』だからではないかと思うのです。

 

ドラクエでパーティーを組むというのは生存率を上げるために、それぞれの弱点を補完できるように構成します。

他者の弱点を自分の強みで負担なく補完することで全体を最適化する。

これが理想の姿です。

 

ドラクエ1のストーリーでは最初に魔王の存在が明かされ、さらに姫が囚われていることが告げられます。

魔王による進軍は割と漠然とした未来の不安でしかないのですが、姫がすでに捕えられているということで、現実味や緊張感が一気に増します。

困っている人を助けるというのは、自分にとってシンプルに気持ちのいい行いですが、根底には集団への貢献というか補完欲求が満たされるからではないでしょうか。

 

最近の自己啓発本はいかに自分を環境に最適化させるかという話が中心で、この相手を補完するという考え方が薄い印象があります。

ドラクエ1の勇者はパーティーメンバーがいないために、一人で物理攻撃や魔法、回復をこなさなければならず、ドラクエシリーズの中では最も万能なキャラでありながらも、最も中途半端な立ち位置になっています。

隙のない完成度の高い人間になるというのは、実は一番生き残りにくい人間になるということかもしれません。

 

人生において、パーティーを組むという意識は重要なのではないでしょうか。

とりあえず、休もう!

漠然とした未来への不安と戦って行くときに、

今に集中する!(余計なことは考えない)とか、

好きなことをする!(癒し&現実逃避)みたいな話もありますが、

それって、時間的な余裕があってこそ。

 

時間的な余裕がなく、精神的に追い込まれているからこそ、

集中できないし、好きなことが何なのかも忘れてしまって、

ただひたすら、ルーチンワークの中で自分をすり減らしているのでは?

 

で、短絡的思考によるストレス発散で時間やお金を浪費して、

これでいいのか!?と、

さらに漠然とした未来への不安が増加する悪循環にハマっていく。

 

こうなってきたら、選択肢はひとつ。

とりあえず、休もう!

これしかない。

 

でも、その休みにリフレッシュ計画みたいなものを詰め込んではいけない。

ひたすら、何もせずに休む。これ大事。

考えすぎで疲弊しているのに、そこにさらに脳に負荷をかけるのはいけない。

あえて、何かするなら、掃除くらい。

自分の買ったものをキレイにしたり、不用品を処分しているうちに、

自分の心や頭が整理され、必ず何かが見えてくるはず。

見えてこないなら、見えるまで掃除をする。

 

ミニマリストというライフスタイルをオシャレだとか、

カッコいい!と思って、それを真似ようとする人がいますが、

ミニマリストは目指す目標ではなく、自然となっていくもの。

身の回りがスッキリすれば、漠然とした不安にも対処がしやすくなります。

 

兎にも角にも、休むことは大切です。

魔王の正体とは…

人生という大冒険における倒さなければならい真の魔王の正体とは、

漠然とした未来に対する不安

なのではないかという話をしたい。

 

とりあえずはクリアしなければならない眼前の目標や課題を魔王と定義して、

それをクリアするアクションをRPG化していくのは悪くはない。

しかし、ビジネスや家庭内においても、それらの目標や課題は単体ボスではなく、

ボスラッシュ状態で波状攻撃を仕掛けてくるのが当たり前。

なので、どれだけ戦っても、真のエンディングに辿り着くことはない。

この状況に対して、勇猛果敢にポジティブに戦うことができるのは、

勇者というより、どちらかというと狂戦士だけなのではないだろうか。

 

目標が明確に定まった魔王だけを相手に攻略しているわけではなく、

いつ終わるともしれない魔王軍の進軍をどこまで折れずに耐えるかという我慢比べ。

これが無限に続くと悟った後でも戦い続けることができる勇者がどれほどいるか。

 

そもそも、何らかの目標や課題をクリアしようという気力が湧くのは、

これをクリアできれば平穏な日々が訪れるという希望的観測、

または確固たる信念や自信、自己肯定感があればこそ。

戦っても戦っても疲労や虚無感ばかりが増えるなら、戦う意味はどこにもない。

 

まさに、現代社会は無限地獄である。

 

この無限地獄こそがまさに将来に対する漠然としたした不安の根元であり、

いくら目標や課題という細かなクエストをクリアしたところで、

なんら解決にはなっておらず、一部の狂戦士を除き、

真の幸福というエンディングに辿り着くことはない。

 

そのことについて、もっと人間同士は真摯に話し合い、

力を合わせて、解決方法を見つけていくべきだろう。

 

なので、このブログでは、これ以降、

倒すべき魔王=漠然とした未来の不安

と定義して話を進めていきたいと思う。

魔王を倒そう!

私はRPGというジャンルのゲームが好きだ。

コツコツ地道に継続すれば、必ず目標をクリアできるように作られている。

だから、最後の最後、クリアの瞬間までその過程を楽しく遊ぶことができる。

 

では、私の人生はどうだろう? 最後まで楽しく遊べそうなのか?

私はもうそれほど若いわけではない。

ゲームで言えば、中盤の折り返しを過ぎ、終盤に差し掛かっている。

このまま、ダラダラと何事もなくエンデイングを迎えそうな雰囲気もある。

 

これでいいのか?

 

いや、もうちょっといろいろと楽しいことがしたい。

ワクワクすることって、まだまだたくさんあるんじゃないのか?

完全に喪失している目標が、どこかに埋もれている気がしなくもない。

このまま、私の人生というゲームの魔王(大目標)の存在に気付かずに、

ゲームを終えて面白いはずがない。

 

静かにフェードアウトしていく人生も悪くはないが、

好き勝手に生きて、最後の最後にニヤリと笑って、

『なかなかいいゲームだったじゃん』

と、あの世に旅立っていくような人生に憧れる。

 

このブログはそんな男の最後の冒険譚にしていきたい。